人間は自ら、がんを殺傷する力を持っている[1−4]
こちらのコラムは書籍 『高活性化NK細胞で狙い撃つ 究極のがん治療』より、一部抜粋してご紹介いたします。
本書は免疫細胞療法の中で、がんへの高い攻撃力を期待されている「高活性化NK細胞療法」と複合免疫療法を中心に、これからのがん治療とその効果について紹介しています。
目次
人間は自ら、がんを殺傷する力を持っている
免疫力こそ「全身に作用」し、「身体にやさしい」がんの特効薬
人間は自ら、がんを殺傷する力を持っている
さて、このようながん治療の現状を打開する「第四のがん治療」として近年注目されているのが「免疫細胞療法」です。
「免疫」という言葉は一般の方でもある程度がんについて勉強し、情報収集している方ならすでによく見聞きしていることと思います。がん関連の書籍を開けば「がんには免疫力を上げると良い」「免疫力アップでがんと闘う」などの文言がしばしば目にとび込んできます。
そもそも「免疫」とは何か。要約していえば「体を守るための防衛システム」です。一般的には、病原菌やウイルスなどの外敵から身を守るために免疫が働いていることはよく知られています。では、どのようにして守っているのでしょうか。
免疫はまず、「自己」と自分でない「非自己」を識別し、そして「非自己」とみなしたものを攻撃して排除していきます。外部から侵入してくる病原体は「非自己」とみなされて排除されているのです。
病気の治療や予防に、免疫を利用している例はすでにいろいろと身近にあります。例えば数年来話題になっている、新型インフルエンザのワクチンもそうですし、ポリオやはしかなどの予防接種もそうです。
病気の原因となるウイルス等の病原体を、毒性を弱めた状態にして注射することで、体内の免疫に、排除すべき外敵の情報をあらかじめ覚え込ませます。そして実際にそのウイルスや病原菌が入ってきても、その情報をもとに免疫システムが働き外敵を排除して、病気にならないようにするのです。
病気のもとだけではありません。例えばB型の人にA型の血液を輸血してしまったとすると、体内で強い拒絶反応が起こります。これも免疫が型の違う血液を「非自己」と認識し、排除しようとするからです。臓器移植でも同じで、移植された臓器を免疫が「非自己」とみなし、攻撃してしまうことがあります。そうなると正常に機能しないばかりか、生命が脅かされることもあります。
こうした免疫のシステムは、免疫細胞と呼ばれる細胞によって構成されています。免疫細胞は、皮膚や腸管、神経系など、体のさまざまな組織に分布していますが、免疫の主体を成しているのは白血球です。白血球にある免疫細胞は血流やリンパの流れにのって全身をくまなくパトロールし、外敵を発見すると攻撃をしかけるのです。
もし、人間を一つの国に例えるなら、免疫は国を守る防衛軍になります。そして免疫細胞は防衛軍に属する兵士です。兵士たちは国のあらゆる場所にいて、侵略者や反乱者を見つけるとすぐに敵か味方かを見極め、敵とあれば攻撃して撃退します。
兵士と一口に言っても、最前線で身を挺して戦う兵士から、監視役、伝令役、司令官までさまざまな役割を持った兵士がいます。同じように、免疫細胞の中にもさまざまな役割を持った細胞がいて、免疫という複雑な防御システムをつくっているのです。詳しくは第2章で説明します。
さて、「非自己」を攻撃する免疫は、がん細胞に対しても同じように働いています。がん細胞はもともと正常な「自己」の細胞で、何らかの原因で遺伝子(DNA)に傷がつき、異常な細胞になってしまった細胞です。異常となっても自分の細胞で外敵ではないですから、攻撃対象とならないのでは? と考えられがちなのですが、実は、免疫には「異常となった自己の細胞」も反乱者とみなして攻撃するシステムがあるのです。
遺伝子に傷がつくという現象は、実は人間の体内において、それほど珍しいことではありません。人間は約60兆個という膨大な数の細胞からできており、それぞれの細胞には寿命があるため、細胞分裂をして新しい細胞を作り出すことで体は維持されています。
すべての細胞はその核の中に遺伝子を持っており、細胞分裂の際には毎回、遺伝子が複製されています。さらに遺伝子の数も膨大です。このように体の中では常に膨大な数の遺伝子の複製作業が行われているのです。
しかし、こういった作業は100%正確に行われているわけではありません。必ず一定の割合で複製作業のミスが起こっています。そして、そのミスは蓄積されていき、遺伝子に傷がつくということが起こっているのです。細胞分裂を重ねれば遺伝子に傷がつく、つまり、年をとればがん細胞が誕生する確率が高まってくるというわけです。
遺伝子を傷つける原因は他にもあります。タバコや食品添加物に含まれる発がん物質や、ウイルスや紫外線など、身近にあるさまざまなものが原因となります。これらを100%防ぐことは不可能といえるでしょう。
なお、遺伝子の中には細胞分裂を促進する「がん遺伝子」や細胞分裂を抑制する「がん抑制遺伝子」と呼ばれる遺伝子が存在し、これまでの多くの研究からこれらの遺伝子が同定されています。これらの遺伝子が傷ついて、細胞増殖し続ける異常な細胞=がん細胞が誕生してくるのです。
このように遺伝子が傷つくことはある意味宿命的なのですが、そのような背景もあり、実は健康な人間でも一日数千個ものがん細胞ができていると言われています。しかし、みなががんを発症するわけではありません。それはがん細胞ができるたびに、免疫細胞が攻撃をして死滅させ、増殖しないようにしているからです。
つまり人間は、自らがん細胞を殺傷するシステムを体の中に備えているのです。
通常、体内に日々誕生しているがん細胞は、ほとんどが免疫システムによって排除されるので本格的ながんには至りません。
ただし、がん細胞はもともと自分の正常な細胞であるという点で、明らかに病原菌やウイルスなどの外敵と違い、一筋縄にいかない面があります。がん細胞の中には「自己」の情報を持って免疫細胞の目をくらませ、攻撃対象から逃れてしまうものがおり、それが増殖を続け、がんとして発症してしまうのです。
免疫力こそ「全身に作用」し、「身体にやさしい」がんの特効薬
このように、体の中では日々がん細胞免疫細胞の戦いが繰り広げられていると言っても過言ではありません。しかし、私たちはその〝戦いぶり〞を普段意識することはありません。
例えば風邪をひいたとき、熱や鼻水、痰が出ればそれは風邪ウイルスを免疫が追い出そうとしているあらわれになります。しかし、免疫細胞が毎日のようにがん細胞をやっつけていても、そのために熱が出たり、体が痛くなったりすることはありません。これは見方を変えれば免疫細胞は体には何の負担もかけずに、がんという厄介な病気を、発症しないよう食い止めているといえます。
また、免疫細胞はその大部分が白血球として存在しますから、血流やリンパの流れにのって体のすみずみまで到達することが可能です。どこにがん細胞が誕生して移ったとしても、免疫細胞がパトロールをして、それらを見つけたたくことができます。
本章の前半で、現在のところがんに対する全身治療は抗がん剤しかないと説明しました。抗がん剤はがんを強力に殺傷する一方、正常な細胞にもダメージを及ぼします。全身に作用する治療法ですが、身体にやさしい治療法とは残念ながらいえません。
一方、免疫細胞は全身をめぐりがん細胞をたたいて、しかも身体への負担をかけません。
この着想をがん治療に応用したのが「免疫細胞療法」なのです。