精巣腫瘍|若年者に多く、転移に注意
精巣腫瘍は20~30代の男性に多いがんです。初期症状にはしこりや腫れがありますが、痛みなどの不快な症状に乏しいため見過ごされやすく、進行した状態で見つかることも少なくありません。診断には触診や画像検査のほか、腫瘍マーカーの値が重視されます。腫瘍の組織型により、セミノーマと非セミノーマの大きく2つのタイプに分けられ、それぞれ治療方針が異なります。
医療法人輝鳳会 理事長 池袋クリニック 院長
目次
精巣腫瘍とはどんな病気か
精巣腫瘍の検査、診断、ステージ、生存率は?
- AFP
- HCG
- LDH
精巣腫瘍の治療は?
- セミノーマの治療
- 非セミノーマの治療
精巣腫瘍とはどんな病気か
精巣は左右の陰嚢の内部に1つずつある男性固有の臓器で、精子や男性ホルモンをつくります。精巣腫瘍はそのほとんどが、精子をつくるもととなる精母細胞から発生します。
発生率は10万人に1人で多くはないものの(参照:前立腺がんは10万人当たり119人(2014年国立がんセンター がん登録・統計より))20~30代の男性に限ればもっとも多い固形がんとされ、若年者に多いことが大きな特徴です。
おもな初期症状は、がんができた方の睾丸の腫れやしこりです。もう片方に比べずしりと重く感じることが多いようです。しかし痛みや熱などをともなわないため見過ごされやすく、受診時には進行していることも少なくありません。
ただし、腫れやしこりがあると必ずがんというわけではありません。精巣炎や精巣上体炎といった炎症、陰嚢水腫といった別の病気なども考えられます。いずれにしても精巣に異常があれば早めに泌尿器科を受診することが望まれます。
精巣腫瘍は早期のうちに転移しやすく、転移した先の部位の異常に気付いて受診した結果、精巣腫瘍であることがわかった、というケースも多々あります。腹部に転移すれば腹痛や腰痛が、肺に転移すれば血痰や息苦しさ、といったように、転移した場所により症状の出方は異なります。
がんの原因はわかっていませんが、家族に精巣腫瘍にかかった人がいる場合は発症リスクが高いとされています。ほかには、乳幼児期の停留精巣(精巣が鼠径部やお腹の中にあり、陰嚢に入っていない状態)、もう片方の精巣に腫瘍があった、精液検査で異常のあった男性不妊症などが挙げられています。
精巣腫瘍の検査、診断、ステージ、生存率は?
精巣腫瘍は組織型によりセミノーマ(精上皮腫100%)と非セミノーマ(精上皮腫以外の組織が混在)の2つのタイプに分けられ、後者には胎児性癌、卵黄嚢腫、絨毛癌、奇形腫などの種類がありますが、それぞれ治療のアプローチが異なります(次項参照)。
精巣腫瘍が疑われる場合、触診や超音波等の画像検査、腫瘍マーカー検査などが行われますが、特に腫瘍マーカーは精巣腫瘍の診断にとって重要な検査となっています。
精巣腫瘍の代表的なマーカーには、以下のようなものがあります。
AFP
非セミノーマの40〜60%で血中AFP値が高くなります。一方、セミノーマはAFPを産生しません。そのため、セミノーマか非セミノーマかを分類する上で、大切な腫瘍マーカーとなっています。ただし、肝疾患など精巣腫瘍以外でも上昇することがあります。
HCG
セミノーマの一部と、非セミノーマの40〜60%で、結集HCG値が高くなります。
LDH
セミノーマでも非セミノーマでも高くなる可能性があります。ただしLDHは精巣腫瘍と関係がなくても高くなることがあるため、ほかのマーカーよりも重要度は下がります。
精巣腫瘍のステージ(病期)は、腫瘍の大きさや周辺の組織への広がり、転移の有無などによって決まります。治療方針は、がんのタイプ(セミノーマか非セミノーマか)とステージをもとに検討されます。
なお、確定診断と治療方針の決定にあたっては、病気のある側の精巣を摘出する手術をし、取り出した組織を病理診断(顕微鏡で調べる)し、CT等の画像検査で病巣の広がりを調べた上で、がんのタイプ(セミノーマか非セミノーマか)およびステージを確定させます。
Ⅰ期 | 転移がない | |
---|---|---|
Ⅱ期 | 横隔膜以下のリンパ節にのみ転移がある | |
ⅡA | 後腹膜転移巣が5cm未満 | |
ⅡB | 後腹膜転移巣が5cm以上 | |
Ⅲ期 | 遠隔転移 | |
Ⅲ0 | 腫瘍マーカーが陽性であるが、転移巣不明 | |
ⅢA | 横隔膜以上のリンパ節に転移がある | |
ⅢB | 肺に転移がある | |
ⅢB1 | 片側の肺の転移が4個以下かつ2cm未満 | |
ⅢB2 | 片側の肺の転移が5個以上または2cm以上 | |
ⅢC | 肺以外の臓器にも転移がある | |
※陰のう内にとどまる腫瘍は、腫瘍の大きさによる差を見出し難いため、手術の困難さ、転移により分類している。 参考:日本泌尿器学会、日本病理学会編「泌尿器・病理精巣腫瘍取り扱い規約2005年3月【第3版】(金原出版)」 |
なお、精巣腫瘍の治療にあたっては、上記の病期分類のほか、腫瘍マーカーの値も含めた下記の分類も用いられています。
予後良好 | |
---|---|
非セミノーマ | セミノーマ |
肺以外の臓器転移がない。 かつAFP<1,000ng/ml かつhCG<5,000IU/L かつLDH<1.5×正常上限値 |
肺以外の臓器転移がない。 かつAFPは正常範囲内 hCG、LDHは問わない。 |
予後中程度 | |
非セミノーマ | セミノーマ |
肺以外の臓器転移がない。 かつ1,000ng/ml≦AFP≦10,000ng/ml または5,000IU/L≦hCG≦50,000IU/L または1.5×正常上限値≦LDH≦10×正常上限値 |
肺以外の臓器転移がある。 かつAFPは正常範囲内 hCG、LDHは問わない。 |
予後不良 | |
非セミノーマ | セミノーマ |
肺以外の臓器転移がある。 またはAFP>10,000ng/ml またはhCG>50,000IU/L またはLDH>10×正常上限値 |
該当なし |
1977年に提唱されたマーカー値を重視した分類法である。 hCG(Intact hCG)を用いる。日本のFree-β hCGは利用できない。 日本泌尿器科学会、日本病理学会編「泌尿器・病理 精巣腫瘍取扱い 規約 2005年3月【第3版】」(金原出版)より作成 |
5年生存率は転移のない場合95%以上と言われています。転移がある場合は予後良好、予後中程度、予後不良の順で94%, 83%, 71%という報告があります。
精巣腫瘍の治療は?
セミノーマでは放射線治療と抗がん剤治療の両方が有効であるのに対して、非セミノーマでは放射線治療が効きにくいという特徴があります。そのため治療方法はセミノーマか非セミノーマかで異なります。
セミノーマの治療
セミノーマの場合、腫瘍が精巣内にとどまっている段階(Ⅰ期)であれば、その摘出を行った後、基本的には経過観察となります。
ただし、目に見えないレベルの微小ながん細胞が残っているなどで、のちに転移する可能性もあります。これに対し、予防的に放射線治療や抗がん剤治療等によるアジュバント(術後補助療法)を行うと再発率が低くなることが報告されていますが、薬の副作用などの、患者さんへのデメリットも生じます。
一方、アジュバントを行わなくても定期的な検査を受けて再発を早期に発見すれば治癒は可能です。こうしたメリット、デメリットをよく検討し、医師と相談の上、手術後の治療方針を決めていくことが望ましいといえます。
なお、ⅡA期(腹部大動脈周囲のリンパ節に、大きさ5cm未満の転移がある状態)でも病巣の摘出とアジュバント(術後補助療法)を行うことで、9割以上の治癒が見込めるとされています。ⅡB期以降で転移巣が大きい場合は、体への負担を考慮し、精巣のみ摘出し、抗がん剤治療を行う場合があります。治療の結果病巣が小さくなれば手術で病巣を取り除くことが勧められています。
非セミノーマの治療
非セミノーマでもⅠ期では手術後定期的に検査を受け、経過観察を行います。ただし病巣が精巣から静脈やリンパ管に広がっている場合は、再発の可能性が高いので、術後に抗がん剤治療をアジュバントとして行います。
ⅡA期以降の、転移がある場合は精巣摘出後、抗がん剤での治療が中心となります。非セミノーマの中でも奇形腫とよばれる成分が含まれている腫瘍は、抗がん剤でがんを完全に消滅させることが難しいため、周辺のリンパ組織を切除するなどの手術が追加される場合があります。
精巣腫瘍の一部には、抗がん剤で完治が困難な難治性(または進行性)のタイプがあります。この場合も抗がん剤治療が基本となりますが、進行が速いうえ、抗がん剤治療後に残った腫瘍を切除する手術は高度な技術を要するため、受ける病院も含め主治医と治療方針について迅速に相談することが望まれます。
精巣腫瘍は治療範囲が生殖器に及ぶことから、生殖機能に影響が出ます。また、その影響は一時的な場合と永久的な場合があります。どのような治療を受けるかによって異なるため、事前に主治医からよく説明を受けることが大切です。
まとめ
精巣腫瘍は転移がなければ5年生存率は95%以上が見込めるなど、予後の良いがんです。転移があっても早期であれば、抗がん剤が良く効くとされています。ただし一部のがんは進行が早く難治性のため、治療を急ぐ必要があります。
なお、精巣腫瘍は治療の範囲が生殖器に及ぶため、生殖機能に及ぼす影響について、事前に主治医によく確認することが望まれます。
【甲 陽平(かぶと・ようへい)】
医療法人輝鳳会 池袋クリニック 院長
1997年、京都府立医科大学医学部卒業。2010年、池袋がんクリニック(現 池袋クリニック)開院。
「あきらめないがん治療」をテーマに、種々の免疫細胞療法を主軸とし、その他の最先端のがん治療も取り入れた複合免疫治療を行う。
池袋クリニック、新大阪クリニックの2院において、標準治療では治療が難しい患者に対して、高活性化NK細胞療法を中心にした治療を行い、その実績は5,000例を超える。