甲状腺がん|体調の変化に乏しいため見過ごされがち
甲状腺がんは、のどにある甲状腺にできるがんです。30~40代の比較的若い世代にも多く見られることや、首のしこり、腫れ以外に自覚症状がほとんどないため、見過ごされやすいのが問題です。組織の特徴によりいくつかのタイプに分かれますが、多くはおとなしく、進行が遅いがんで、適切な治療により良好な予後が得られます。
医療法人輝鳳会 理事長 池袋クリニック 院長
目次
甲状腺がんとはどんな病気か
甲状腺がんの検査、診断、ステージ、生存率は?
- 乳頭がん
- 濾胞がん
- 髄様がん
- 未分化がん
- 悪性リンパ腫
甲状腺がんの治療は?
甲状腺がんとはどんな病気か
甲状腺は首の正面、のどぼとけのすぐ下にある器官です。縦約4~5㎝、横約2~3㎝の、蝶が羽を広げたような形をしており、空気の通り道である気管を囲むようについています。蝶の羽のような部分は腺葉(右葉、左葉)、中央は峡部と呼ばれます。
甲状腺は、ヒトの内分泌器官の中でもっとも大きく、成長や発育に欠かせない甲状腺ホルモンを分泌しています。成人後も栄養素や水分の代謝、エネルギー産生の調整を行う重要なホルモンで、骨や筋肉、神経系に至るまですべての臓器に影響を及ぼします。甲状腺ホルモンは全身の「元気の源」となるホルモンといってもいいでしょう。甲状腺ホルモンの分泌が過剰になることでイライラや多汗、体重減少などが起こるバセドウ病や、逆に不足して疲労、うつ、体重増加などが起こる橋本病は、甲状腺ホルモン分泌異常による代表的な疾患です。
甲状腺がんは、甲状腺に発生する腫瘍(結節性甲状腺腫)のうち悪性のものを指します。おもな自覚症状は腫瘍が大きくなることによる首のしこりですが、バセドウ病や橋本病と異なり、発症してもホルモン分泌の異常がほとんどなく、体調の変化に乏しいため見過ごされがちなのが問題です。まれに声のかすれや飲み込みにくさ、圧迫感や痛み、血痰などの症状が出てくることもあります。
20~30代の若年女性に比較的多くみられるのが特徴で、発生要因としてはっきりしているのは若年期、特に小児期の放射線被ばくです。また、家族歴も関係すると考えられています。
甲状腺がんの検査、診断、ステージ、生存率は?
首にしこりや腫れがみられ、腫瘍が疑われる場合、まずそれが良性か悪性かを検査で判断する必要があります。甲状腺の腫れやしこりの95%は良性ですので、がんに違いないと思い込むのは早計です。
検査には、しこりの触診、画像検査(超音波、MRI、CT、シンチグラム写真等)、細胞診、血液検査などがあり、これらの組み合わせで良性か悪性(がん)か判断したり、組織の特徴を調べたりします。
甲状腺がんは、組織の特徴(組織型)によりいくつかのタイプに分かれます。おもなものは下記の通りです。
乳頭がん
日本人の甲状腺がんの大部分を占め、30~40代に多く見られます。進行が遅く大部分は手術で治療でき、予後も良いいわゆる「たちの良い」タイプです。ただしある時期から急速に進行する場合もあります。
濾胞がん
乳頭がんと同様、30~40代に多いおとなしいがんで、良性腫瘍との判別がつきにくく、手術前に診断がつかない場合もあります。ただし肺や骨などの遠隔転移を起こすことがあり注意が必要です。
髄様がん
甲状腺がんの中では約1%と少ないタイプで、乳頭がんや濾胞がんとは異なるタイプの細胞ががん化したものです。乳頭がんや濾胞がんよりも進行が速く転移を起こしやすい性質があり、家族性の遺伝が要因で起こる割合が多いことがわかっています。
未分化がん
髄様がんと同様、甲状腺がんの1~2%程度と少ないものの、きわめて悪性度の高いがんです。60代以降に多く、甲状腺周囲の臓器に広がったり、遠くの臓器への転移を起こしたりしやすいがんです。
悪性リンパ腫
本来はリンパ組織にできるがんですが、甲状腺にできる場合もあります。橋本病が背景にある場合が多いとされています。甲状腺全体が急に大きくなり、放置すると気管が圧迫され窒息する恐れもあります。早期発見、治療開始すれば予後は良好です。
治療方法(後述)を検討する際には組織型のほか、がんの進行や周囲への広がり、転移の状況などから病期を正確に把握することが重要です。
甲状腺がんのステージは組織型ごとに設けられており、乳頭がんと濾胞がんはさらに年齢によっても分けられています。(悪性リンパ腫については、悪性リンパ腫の記事をご参照ください)
M0 | がんが遠くの臓器(骨や肺など)に転移していない | Ⅰ期 |
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M1 | がんが遠くの臓器に転移している | Ⅱ期 |
※乳頭がんおよび濾胞がん、低分化がん、Huerthle細胞がんを含む | ||
日本頭頸部癌学会編「頭頸部癌診療ガイドライン2018年版」(金原出版)より作成 |
N0 領域リンパ節に転移がない |
N1 領域リンパ節に転移がある |
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T1 | がんが甲状腺内にとどまっており、大きさは2cm以下 | Ⅰ期 | Ⅱ期 |
T2 | がんが甲状腺内にとどまっており、大きさは2cmより大きく4cm以下 | ||
T3 | がんが甲状腺内にとどまっており、大きさは4cmより大きい。または、がんが前頸筋群(※1)にのみ浸潤(しんじゅん)している | Ⅱ期 | |
T4a | がんが甲状腺の被膜を越えて皮下軟部組織、喉頭、気管、食道、反回神経(※2)のいずれかに浸潤している | Ⅲ期 | |
T4b | がんが甲状腺の外部の組織(椎前筋膜や縦隔[※3]内の血管)に浸潤している。あるいは、がんが頸動脈の全体を取り囲んでいる | ⅣA期 | |
M1 | がんが遠くの臓器に転移している | ⅣB期 | |
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参考:日本頭頸部癌学会編「頭頸部癌診療ガイドライン2018年版」(金原出版) |
※低分子がん:高分化がん(乳頭がんや濾胞がんなど)と未分化がんの中間的な特徴があり、発生はまれ。
Huerthle細胞がん:濾胞性甲状腺がんの一種。
N0 領域リンパ節に転移がない |
N1 領域リンパ節に転移がある |
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T1 | がんが甲状腺内にとどまっており、大きさは2cm以下 | Ⅰ期 | Ⅱ期 |
T2 | がんが甲状腺内にとどまっており、大きさは2cmより大きく4cm以下 | ||
T3 | がんが甲状腺内にとどまっており、大きさは4cmより大きい。または、がんが前頸筋群(※1)にのみ浸潤(しんじゅん)している | Ⅱ期 | |
T4a | がんが甲状腺の被膜を越えて皮下軟部組織、喉頭、気管、食道、反回神経(※2)のいずれかに浸潤している | Ⅲ期 | |
T4b | がんが甲状腺の外部の組織(椎前筋膜や縦隔[※3]内の血管)に浸潤している。あるいは、がんが頸動脈の全体を取り囲んでいる | ⅣA期 | |
M1 | がんが遠くの臓器に転移している | ⅣB期 | |
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参考:日本頭頸部癌学会編「頭頸部癌診療ガイドライン2018年版」(金原出版) |
※低分子がん:高分化がん(乳頭がんや濾胞がんなど)と未分化がんの中間的な特徴があり、発生はまれ。
Huerthle細胞がん:濾胞性甲状腺がんの一種。
N0 領域リンパ節に転移がない |
N1 領域リンパ節に転移がある |
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N1a (※1) |
N1b (※2) |
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T1 | がんが甲状腺内にとどまっており、大きさは2cm以下 | Ⅰ期 | Ⅲ期 | ⅣA期 |
T2 | がんが甲状腺内にとどまっており、大きさは2cmより大きく4cm以下 | Ⅱ期 | ||
T3 | がんが甲状腺内にとどまっており、大きさは4cmより大きい、または、がんが前頸筋群(※3)にのみ浸潤(しんじゅん)している | |||
T4a | がんが甲状腺の被膜を越えて皮下軟部組織、喉頭、気管、食道、反回神経(※4)のいずれかに浸潤している | ⅣA期 | ||
T4b | がんが甲状腺の外部の組織(椎前筋膜や縦隔[※5]内の血管)に浸潤している あるいは、がんが頸動脈の全体を取り囲んでいる |
Ⅳ期B | ||
M1 | がんが遠くの臓器に転移している | ⅣC期 | ||
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日本頭頸部癌学会編「頭頸部癌診療ガイドライン2018年版」(金原出版)より作成 |
N0 領域リンパ節に転移がない |
N1 領域リンパ節に転移がある |
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T1 | がんが甲状腺内にとどまっており、大きさは2cm以下 | ⅣA期 | ⅣB期 |
T2 | がんが甲状腺内にとどまっており、大きさは2cmより大きく4cm以下 | ||
T3a | がんが甲状腺内にとどまっており、大きさは4cmより大きい | ||
T3b | 大きさにかかわらず、がんが前頸筋群(※1)にのみ浸潤(しんじゅん)している | ⅣB期 | |
T4a | がんが甲状腺の被膜を越えて皮下軟部組織、喉頭、気管、食道、反回神経(※2)のいずれかに浸潤している | ||
T4b | がんが甲状腺の外部の組織(椎前筋膜や縦隔[※3]内の血管)に浸潤している あるいは、がんが頸動脈の全体を取り囲んでいる | ||
M1 | がんが遠くの臓器に転移している | ⅣC期 | |
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参考:日本頭頸部癌学会編「頭頸部癌診療ガイドライン2018年版」(金原出版) |
甲状腺がんは未分化がんを除けばほとんどがおとなしいタイプで、治療がよく効く、予後の良いがんです。5年生存率はⅠ~Ⅲ期で95%以上、Ⅳ期でも73%程度と高くなっています(全国がんセンター協議会の生存率共同調査(2018年7月集計)による)。
甲状腺がんの治療は?
甲状腺がんの治療には、手術、放射線治療、薬物療法などがあり、がんの組織型やステージ、全身状態や年齢、患者さんの希望なども併せて検討されます。多くの場合、手術が基本になりますが、腫瘍の大きさが1cm以下で、悪化のリスクが低い場合は、積極的な治療を行わずに、定期的検査により経過観察を行うケースもあります。一方、悪性度の高い未分化がんでは、手術可能な場合は術後補助療法(薬物療法や放射線治療)も併せて行い、手術ができない場合はケースに応じて薬物療法や放射線治療等を組み合わせた集学的治療を行います。
なお、甲状腺がんに対する放射線治療には、一般的な外照射(体の外から放射線を当てる)と、放射性ヨードの入ったカプセルをのむ放射性ヨード内用療法があります。
甲状腺がんの治療は、妊娠や出産に影響することがあります。将来、子どもをもつことを希望する場合は、妊娠するための力を保つ治療(妊よう性温存治療)が可能か、治療開始前に相談することが望まれます。
また、手術により首の周囲のひきつれ等の違和感や、肩こりなどの症状があらわれることがあります。これらは術後早期に首のストレッチやマッサージを行うことで和らげることが可能と言われています。発声にも影響が出る場合があり、声を出すリハビリを行うこともあります。こうした術後のリハビリについても、治療開始前に医師に確認しておくとよいでしょう。
手術で甲状腺を広範囲に切除し、術後に甲状腺機能低下が起こった場合は、服薬による甲状腺ホルモン補充療法を一生にわたり続ける必要があります。
まとめ
甲状腺がんの多くは手術が基本ですが、がんの状態や年齢等によっては積極的な治療をせず経過観察を行う場合もあります。
手術により妊娠、出産、首の運動機能や発声等に影響が出ることがありますので、治療方法や術後の見通しについては医師に事前によく確認しておく方が望まれます。
【甲 陽平(かぶと・ようへい)】 医療法人輝鳳会 池袋クリニック 院長 1997年、京都府立医科大学医学部卒業。2010年、池袋がんクリニック(現 池袋クリニック)開院。 「あきらめないがん治療」をテーマに、種々の免疫細胞療法を主軸とし、その他の最先端のがん治療も取り入れた複合免疫治療を行う。 池袋クリニック、新大阪クリニックの2院において、標準治療では治療が難しい患者に対して、高活性化NK細胞療法を中心にした治療を行い、その実績は5,000例を超える。 |