心の負担を軽くするために~がん患者の心理とケア~
「日本人の2人に1人が生涯で一度はがんになる」「生涯でがんで死亡する確率は男性が4人に1人、女性は7人1人」といった統計データが広く知れ渡り、多くの人が自分もがんにかかる可能性があるということを意識するようになりました。とはいえ、実際にがんと診断告知されたときの衝撃には、たいへん大きなものがあります。今回は、実際にがんと診断されたときの心の変化と、不安や落ち込みを解消する方法について考えてみましょう。
目次
がん患者が経験する不安と落ち込み
告知からの心の状態は三段階を経て落ち着く
がん告知後のストレス解消法
がん患者が経験する不安と落ち込み
「まさか自分ががんになるはずがない」「なにか検査の間違いだろう」など、病名を告げられたあとの数日間は、がんにかかっていることを認めたくない気持ちが強く湧き上がって来る人がほとんどのようです。人は様々な災禍に見舞われたときなど、その大きな衝撃から自分自身の心を守ろうとします。人間らしいごく普通の反応といえます。
その感じ方は人様々です。「食生活がいい加減だった」「ストレスを感じていたはずなのに無理をしていた」など自分を責める人もいるでしょうし、「自分が何か悪いことをしたというのか」「なぜ自分だけがこんな目に」といった怒りが沸き起こることもあります。また、心身の不調が表れるのも珍しくありません。眠れなくなったり、食欲がなくなったり、集中力が続かなくなる人も多く、気分が落ち込んだり、不安になることもあります。人生で初めて遭遇するような辛い境遇に自分はいる、と思う人もいるでしょう。
不安になったり、落ち込んだりするのは、人としてむしろ自然なことです。それは、診断告知から治療方針が定まるまで、治療の期間、治療が終わったあとまで、時期を問わないものでもあります。もし不安を抱えたり、落ち込んだりしたとしても、ある程度までは通常の反応であり、すぐに問題視する必要はありません。しかし、普段の生活に何らかの支障が出るようであれば、対策を考えることも必要です。
がんを患った多くの人に共通する代表的な心の状態が、「不安」と「落ち込み」です。
不安と落ち込み、それぞれに顕著な症状を下記に列挙しました。当てはまる症状が多く、またそれらが数週間続くようであれば、ストレスが高い状態にあると言えます。
不安の症状
・心配事が頭から離れない ・考えたくないのに嫌なことを考えてしまう ・怒りっぽくなる、イライラする ・冷や汗がでる ・集中することができない ・眠れない ・いつも緊張していてリラックスできない ・そわそわ落ち着かない ・突然胸が苦しくなる、息苦しくなる、吐き気がする ・めまいや動悸におそわれる
落ち込みの症状
・気持ちが落ち込む ・何をしても楽しめない ・集中できない、やる気がでない ・眠れない ・食欲がわかない ・物事を決めることができない ・自分を責めてしまう ・だるい、疲れやすい ・生きるのが面倒
告知からの心の状態は三段階を経て落ち着く
がん患者は、様々な種類のストレスを経験しますが、告知を受けてからの一連の心理状態は、一般的に「衝撃段階」、「不安定段階」、「適応段階」の3つの時期で推移していくことが知られています。
第一段階 衝撃(否定・絶望)
がん告知をされたとき、当たり前のことですが患者の心理は大きく揺れ動きます。後にこの時期を振り返って「目の前が真っ暗になった」「頭の中が真っ白になった」「病院からどうやって帰ったのか覚えていない」といった声をよく聞きます。そして「何かの間違いでは?」という否定の気持ち、「何をしても無駄…」という絶望感が強くなることもあります。また、現実とは思えないような無感覚に陥ることもありますが、これは心理的に危機から遠ざかろう、距離をおこうという自己防衛の働きといわれています。
第二段階 不安定(抑うつ、心身の異変に気づく)
告知を受けた後、1週間が過ぎる頃になると、不安や落ち込みをくり返すなど不安定な時期になります。よく眠れない、物事に集中できない、食欲がわかないなど、心身の変調に自分でも気づき、日常生活に支障のでる場合もあります。また、「なぜ自分だけがこんな目に」といった怒りや孤独感にさいなまれます。
第三段階 再適応、立ち直り
第二段階の動揺が2週間ほど経過すると気持ちが徐々に落ち着いて、普段の自分を取り戻すことができるようになっていきます。そして、がんにかかったことを受け入れ、がんと戦っていこう、あるいはがんと共存していこうといった気持ちに切り替わっていくのです。これは人間が本来持っている、眼前の困難を乗り越え、適応しようとする力によるものといえるでしょう。そして、がんの治療に積極的に取り組み、自分でもがんの情報を集めたり、同病の人の話を聞いてみようしたりするなど、自ら動き始めることができるようになります。仕事の整理をしたり、家族間の役割を見直したりといった現実的な課題にも取り組み始めます。
適応障害・気分障害(うつ状態)
第三段階を迎え、時間と共に前向きな気持ちになる時期にもかかわらず、ひどく落ち込んで何も手につかない状態が続いたり、日常生活に支障があったりするような場合は、「適応障害」の可能性があり、人と会うのが苦痛で引きこもり状態になる人もいます。
さらに、このような状態が長引き、重症化すると日常生活を送るのが困難な状態となり、いわゆる「うつ状態」と診断されます。
がん告知後のストレス解消法
告知から3つの段階を経て、がんに立ち向かっていこうと気持ちを立て直すことは大事なことです。しかし、治療にまつわる肉体的、精神的苦痛や、治療後の再発に対する不安、再発や転移によるショックなど、大きなストレスにさらされる場面があります。心と体は一体であり、それぞれ大きな負担を抱えます。ところが、従来のがん治療では、体の治療が優先され、心のケアがあまり顧みられることがありませんでした。しかし、心のケアは、痛みの軽減や日常生活の改善にも大いに役立ちます。自分らしくがんと向き合っていくためにもストレスには上手に対処していきたいものです。もちろん、ストレスをすべて解消することは難しく、絶対に正しい解消法があるわけでもありません。まずは、自分にしっくりくるストレス解消法を見つけることが肝心です。
かつて役立ったストレス対処法を思い出し実践
過去に遭遇したつらい出来事を、自分がどう乗り越えたかを思い出してみます。「なにか別のことに打ち込む」「信頼できる人に相談する」「気分転換をする」など、自分にあった対処法を見つけ出し、実践してみます。
相談相手を持つ
悩みを一人で抱え込むと、不安感が続きます。家族や友人など、親しい人に打ち明け、相談にのってもらうことも大切です。たとえ相手が医療について詳しくなくても、話をするだけで気持ちが軽くなったり、気持ちを整理したりすることはできます。互いに不安を打ち明け合い、理解し合うことでもストレスは緩和されます。同様に、同じ境遇の患者が悩みや体験を共有したり、相談し合ったりできる患者会への参加もおすすめです。自分にも活かせる対処法やヒントが得られることがあるでしょう。
がんに関する正しい情報を集める
「彼を知り己を知れば百戦殆うからず」という格言はがん治療にも当てはまります。情報の不足による不安、氾濫する情報に振り回される不安は、誰にでもあるものです。そんなときこそ、様々な情報をしっかり吟味して正しい情報を集めることで、不安を軽減することができます。
まずは、担当医から十分に説明を受け、自分の病状や治療方針に納得することが大事です。こうして担当医と信頼関係を築いておけば、自分で収集した情報の疑問点なども質問しやすくなります。情報収集にあたっては、信頼できる機関、情報源に当たることは言うまでもありません。病院の相談窓口にあたったり、がん情報の掲載されている冊子を集めてみたり、併設の図書室等があれば書籍等にあたってみたりするのがおすすめです。
まとめ
がん告知を受けた方の心理状態やその変化には、大きな共通性があることがお分かりいただけたと思います。自分の心理状態が今、どのような段階にあるのか、どのような対処を試みることが大切なのかを知ることは、暗中模索、五里霧中のなかで先行きを照らしてくれる希望の灯になってくれるはずです。