日本人女性の11人に1人が罹患する「乳がん」
乳がんは、日本の女性が罹患するがんの中でトップであり、今も増加の一途をたどっています。その結果、現在、日本人女性の11人に1人が生涯に一度は乳がんを患うと言われていて、日本人にとっての身近な病となっています。乳がんについて特徴や治療方法について詳しく解説します。
目次
日本人女性の罹患率トップの「乳がん」とは
自覚症状が乏しく見逃しやすい早期段階
手術を基本に放射線療法や薬物療法を併用
日本人女性の罹患率トップの「乳がん」とは
厚生労働省の人口動態統計によると、乳がんで亡くなる女性は2016年に1万4,000人を突破しており、これは35年前の3倍以上にもなる数字です。特に30歳から64歳の女性では、乳がんは死亡原因のトップを占めています。
国立がん研究センターの統計によると、乳がんにかかる人は30代から増加しはじめ、40代後半から50代前半にピークを迎えます。これは、胃がんや肺がん、大腸がんなどのように、年齢が高くなるにつれ増えるがんとの大きな違いです。同じく、国立がん研究センターの統計によると、部位別の10年相対生存率をみると、ほかのがんに比べ生存率が高いのが特徴で、これは早期発見と適切な治療により、良好な経過を期待できることを示しているといえるでしょう。
乳房(にゅうぼう)は、皮膚、脂肪などの皮下組織、乳腺組織から成り、そのほとんどは母乳をつくる乳腺組織でできています。乳腺は乳頭を中心に15~20個の乳腺葉と呼ばれる組織が放射状に並んでおり、乳腺葉は母乳をつくる小葉と、小葉でつくられた母乳を乳頭まで運ぶ乳管と呼ばれる管で構成されます。
乳がんの大半は乳管の上皮細胞(皮膚や粘膜などの上皮組織を形成する細胞)に発生し、「乳管がん」と呼ばれ、次いで多いのが小葉に発生する「小葉がん」となります。乳腺は乳房全体にあるため、乳房のどこにでも乳がんが発生する可能性があります。中でも発生の多い部位は、乳腺が密集する乳房の外側の上部であるとされます。
乳がんの原因はすべて解明されていませんが、女性ホルモンの一種であるエストロゲン(卵胞ホルモン)が深く関わっていることが知られています。エストロゲンは月経中に多量に分泌されます。そのため、初潮年齢が早い、閉経年齢が遅い、妊娠・出産経験がない・少ないなどの要因で、月経の回数が増えたことが乳がんの発生に影響を及ぼしているのではないかと推測されています。
さらに、乳がんにかかる人に共通する要因として、妊娠・出産に関連するリスクのほか、閉経後の肥満、飲酒、喫煙などの生活習慣に関連するリスクが挙げられます。そのほか、家系内に乳がんや卵巣がんにかかった人がいる、乳腺濃度が高い、経口避妊薬の長期使用、閉経後のホルモン補充療法などが危険性を高めるとされます。
自覚症状が乏しく見逃しやすい早期段階
がん細胞が乳管や小葉の内部にとどまっている状態を「非浸潤(ひしんじゅん)がん」と呼びます。早期がんの段階であり、その多くが治るとされていますが、早期の乳がんは自覚症状があまり感じられないのが特徴です。
時間の経過とともに増殖したがん細胞が乳管の壁を破り、周囲の組織に広がった状態を「浸潤がん」と呼びます。この段階になるとがん細胞が血管やリンパ管へと侵入、体のほかの部位に広がっていってしまいます。その結果、リンパ節や脳、骨、肺、肝臓など臓器にがん細胞が運ばれ、新たにがんを発生する遠隔転移に及んでいることもあります。遠隔転移をしたがんは、ほかの臓器で発生しても乳がんの特徴を備え、それぞれの臓器に生じるがんとは性質が異なることが知られています。
乳がんは、早期の段階では自覚症状がほとんどないとされますが、がんの進行とともに症状が現れます。その結果、自分で症状に気づく場合が多く、また、近年は乳がん検診を受けて罹患の疑いを指摘される場合もあるようです。
自分で気づく乳がんの症状には、以下のようなものが挙げられます。
乳房のしこり
手で乳房を触ったときに感じるゴリッとしたかたまりのことです。乳がんが進行すると腫瘍が大きくなるためです。5~10ミリくらいの大きさになると、注意深く触るとしこりを感じるようになります。ただし、しこりがすべて乳がんというわけではなく、乳腺症、線維腺腫、葉状腫瘍などの場合も、しこりを感じるようになります。その大半は良性の病気によるものといわれています。良性のしこりは弾力性があり動く傾向があるのに比べ、乳がんのしこりは硬く、あまり動かないのが特徴です。
乳房の痛み
月経中の乳房の張りによる痛みのように周期的なものでなく、長期に渡って痛みが続く場合。
乳頭からの分泌物、乳頭や乳輪部のただれ
乳頭から、血液が混入したような茶褐色の分泌物が出る場合。また、乳頭や乳輪部に湿疹やただれができ、かさぶたになったり、また、再びただれが起きたりするような状態を繰り返す場合があります。
乳房の皮膚などの状態の変化
乳房の皮膚がえくぼのようにくぼむことがあります。赤く腫れたり、毛穴が目立ってオレンジの皮のような凸凹が現れたりする場合もあります。また、乳頭が極端にへこんだり、ひきつれたりするなどの変化が表れることもあります。
わきの下など乳房周辺の腫れやしこり
乳がんは乳房周辺のリンパ節に転移しやすく、わきの下の腋窩リンパ節、胸骨のそばの内胸リンパ節、鎖骨上のリンパ節などに転移が見られることがあります。例えば、腋窩リンパ節が転移で大きくなると、わきの下などにしこりや腫れができたり、リンパ液の流れがせき止められることで腕がむくんだり、腕の神経が圧迫されしびれることもあります。
定期的な乳がん検診や自己検診後のがん検診で乳がんの疑いがあるとされた場合は、専門医による精密検査を受けます。精密検査ではマンモグラフィや超音波で再度画像診断を行い、乳がんの疑いありと判定された場合は、細胞診や組織診というがん細胞があるかどうかを調べる病理検査が実施され、乳がんの確定診断が行われます。
手術を基本に放射線療法や薬物療法を併用
乳がんの治療方針は、がんの進行の程度を示す病期(ステージ)ごとにおおよその指針があります。この病期を確定するためには、病期診断が行われます。乳がんの病期は、0期からI期、II期(IIA、IIB)、III期(IIIA、IIIB、IIIC)、IV期まで、8期に分類されています。この病期やがんの性質、健康状態、年齢などに加え、患者の希望を考慮しながら診療方針を確定させていきます。
乳がんの治療は、初期治療として手術によってがんを切除し、術後の再発予防のための放射線療法や薬物療法を組み合わせて行うのが基本的な流れとなります。
手術
乳房を残す「乳房温存術」と乳房全部を切除する「乳房切除術」に大きく分かれます。
・乳房温存術
がんの塊とそのまわりを部分的に切除します。乳房部分切除術を実施するための明確な条件はなく、がんの大きさや位置、本人の希望などを勘案して行います。ただし、がんを確実に切除することが大前提なので、手術中には切除した組織のがん細胞の有無を調べて確認をします。もし予想以上にがんが広がっていた場合は、手術中に乳房切除術に切り替えたり、術後に再度乳房切除術を実施したりすることもあります。
なお、乳房温存術後に放射線療法を併用することを「乳房温存療法」と言います。
・乳房切除術
がんが広範囲に広がっている場合や、複数のしこりが点在する場合は、乳房を全部切り取ります。
・乳房再建術
乳房切除術で乳房を切除すると、胸のふくらみを失うことになり、傷跡が残るほか、左右のバランスがくずれることによる肩こり、胸パットの使用のわずらわしさなど、日常生活で不便さや不自由さを感じる場面も多々あります。そこで、手術で失った乳房を作り直すのが乳房再建術です。手術法は、患者自身の腹部や背中の組織を使う自家組織による再建、シリコンなどの人工物を使うインプラントによる乳房再建があります。いずれの乳房再建術も形成外科医が行います。
・リンパ節郭清(かくせい)
リンパ節郭清(かくせい)とは、手術の際にがんを取り除くだけでなく、がん周辺にあるリンパ節を取り除くことで、以前は、乳がんの手術時に、わきの下にあるリンパ節の切除を行っていました。手術前の検査ではリンパ節にがんが移転しているかどうかが正確に判断できないことから、手術時にリンパ節郭清を実施し転移の有無を調べていたのです。しかし、リンパ節への転移がない場合は切除に意味がなく、また術後に腕が上がりにくい、しびれやむくみが出るといった症状が起こることがあります。
そこで、現在では手術前にリンパ節への転移が確認された場合にのみ、リンパ節郭清を実施します。そして、手術前に転移が明らかでない場合には、手術中に「センチネルリンパ節生検」という検査で即座に診断し、転移がなければリンパ節郭清は省略されます。
放射線療法
放射線照射を行った部分だけに効果を発揮する局地的な治療法で、乳がんでは、主に乳房部分切除のあとに放射線療法が用いられます。温存した乳房やリンパ節に残った可能性のあるがん細胞を、放射線の照射で死滅させ再発を防ぎます。また、乳房切除術の後でも再発のリスクの高い部位に行うことで再発の確率が大幅に減ります。
重篤な副作用はまれで、日常をきたすことはないといってよいでしょう。治療中や治療直後に、治療した部分の皮膚が赤くなる、ヒリヒリする、水ぶくれになるといった日焼けをしたときに似ている症状があります。これらの症状は、治療終了後ひと月ほどで改善します。また数カ月後、100人に一人の割りワイで「放射線肺炎」が起こることがあるので注意しましょう。
薬物療法
手術後に行う薬物療法には、「ホルモン療法」「化学療法」「抗HER療法」の3種があります。薬剤の選択にあたっては、病期や再発のリスク、がん細胞の特性、患者の健康状態などを考慮し、単独あるいは併用するかどうかを決めます。
・ホルモン療法
乳がんを増殖させる女性ホルモン(エストロゲン)の働きを抑え、がん細胞の増殖を防ぐことを目的として治療法です。治療期間は、薬剤の種類や治療の目的で変わりますが、5年間から10年間と長期にわたる投与が必要となります。副作用は、化学療法に比べ軽いとされ、更年期に見られるような「ほてり」や「のぼせ」「発汗」「動悸」「関節痛」などの症状が表れます。
・化学療法
抗がん剤でがん細胞を攻撃して死滅させる治療法で、病状により手術前と手術後と行います。手術前に行う場合は、しこりを小さくしたり、がん細胞の増殖を抑えたりすることを目的としています。手術後に行う場合は、がんが全身に広がっている可能性をかんがみ、再発転移予防目的で行います。全身の正常な細胞までも攻撃してしまい、「吐き気」や「脱毛」「出血」「感染症」などがあります。
最近は副作用の予防法や対策が進歩し、副作用はかなり軽減され、外来通院しながらの治療が可能です。
・抗HER2薬療法
HER2は、「ハーツー」と読み、がん細胞の増殖を促すタンパク質を指します。病理検査でHER2が陽性と出た場合に治療法として検討されます。HER2をピンポイントで攻撃し、働きを阻害します。さまざまな種類の分子標的薬がありますが、副作用としては、「発熱」「悪寒」「下痢」「発心」などの症状が出ることがあります。
まとめ
乳がんは、手術によってがんを切除したあとの、再発予防治療も重要です。放射線療法や薬物療法に加え、免疫療法を併用することも考えられます。病期や健康状態を踏まえて何がベストな選択なのか、医師と相談のうえ治療プランを組み立てましょう。